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2005年4月12日 (火)

証券・金融の論理は日本の将来を潰す 1

一昔前、日経新聞は株屋の新聞といわれていたことを覚えている人がいるだろうか。当時朝日、毎日などは経済記事などより社会面を重視していた。ところが最近のライブドア事件では全ての新聞の一面がこればかり。それもライブドアが勢いのいいときにはほぼ全紙がライブドア礼賛。日経などは株主の権利を無視するなど怪しからんといった論調。それが「白馬の騎士」が現れたとたんに手のひらを返す。それでも各紙に共通するのは資本主義社会では会社は株主の物という株主資本主義的論調だ。株主資本主義が正しいのだろうか。

株主資本主義の主体は投資家と定義される。国内外投資ファンドだけでなく企業家というの投資家もいる。彼らは法に触れなければ投資行為は正義だという。 法を守っていれば正義なのだろうか。マスコミなどは法の盲点をつく行為を一時的にはもてはやす。そして、風向きが変わると手のひらを返した報道をする。これに振り回されると企業の発展に大きなマイナスになってしまう。
1980年代のM&Aの嵐以降、米国では全産業の収益の中で金融証券関係の収益が占める比率が高まっていった。2004年には30%を超えている。米国は産業国家ではなく、金融国家といってもいい状況になっているといえるだろう。代表的製造業のはずのGMやGEでも金融部門の方が収益が高い有様だ。

米国が此処まで来る過程で金融、証券関係の大立て者がやりすぎてかなり獄につながれている。それでも、金融が産業の中心になり始めると次々と方の抜けを付いた金融手法が生み出され、また規制がかかるといつたイタチごっこを繰り返している。最近ではエンロン事件がいい例だろう。懲りないのがお国柄なのだろう。
翻って日本はどうか。米国の例は実によく勉強しているというか、外資金融業が持ち込んで来るというか、米国で規制がかかって使えなくなった手法を日本ではまだ通用するといってお手本にしてマネをする。ライブドアなどその典型だろう。「立会外取引による支配を狙った株式の大量取得」や、「株価の上昇だけを狙った1対100の異常な株式分割」、「資金調達の容易性を狙い既存株主を無視した下方修正事項付き転換社債発行」などは経営の継続性には関心のない投機狙いの株主には受けても、又、責任のない評論家やマスコミには受けても、経営の継続的発展を期待する「顧客」「従業員」「安定株主」には迷惑でしかない。

会社というのは、株主だけの物ではない。顧客があって、従業員がいて成り立つ社会的公器ではないのだろうか。新聞、特に日経などが酷かったのは従業員や顧客(スポンサーもあれば視聴者も)については刺身の褄程度にしか紙面を割いていないことだ。そろそろ米国流金融業の論理に振り回されない、日本の将来を見据えた資本主義というものの姿を考えるときではないだろうか。

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コメント

ひさしぶりに溜飲の下がる言説に触れました。我が意を得たり、とばかり思わず膝を打ちたくなる内容です。PHPからも出版されている方であればこそ斯くや、というべきでしょうか。ますますご健筆を振るわれますように!応援しております。

投稿: YW | 2005年4月14日 (木) 21時06分

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